中間子着想4日間、湯川博士の日記に ノーベル賞の原点

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中学生くらいのときに読んだ記憶が・・・。
この記事でまたまた「旅人」を読み返したくなりました。
http://www.asahi.com/national/update/0122/TKY200701220395.html
旅人?ある物理学者の回想
2007年01月23日14時16分 (朝日新聞)

中間子着想4日間、湯川博士の日記に ノーベル賞の原点
2007年01月23日14時16分
 日本人初のノーベル物理学賞受賞につながった研究は、当時27歳だった湯川秀樹博士が4日間で集中的に練り上げたらしいことが、自宅に残る日記からわかった。博士が存在を予言し、後に「中間子」と呼ばれる粒子は、「●」(ガンマダッシュ)という奇妙な言葉で記されていた。現代物理の源流を示す第一級の史料と専門家はみる。
「●rayについて考へる」と記された34年10月9日の日記=京都市左京区で(※●はγに´)


湯川秀樹博士  博士が戦前に書いた日記は1931(昭和6)年分と34〜39年分が残る。身辺雑記が中心で、大阪帝大講師時代に中間子論を学会発表した34年11月17日分を除いて未公開だった。23日の博士生誕100年を機に、学会発表直前の記述の公開を、家族が朝日新聞社に許諾した。  中間子論の着想を示す記述があるのは34年10月の日記。9〜12日、「●ray(●線)」という言葉が4日連続で現れ、思案したり議論したりする様子が書かれている。佐藤文隆・湯川記念財団理事長(京大名誉教授)は「初めて聞く言葉」という。  当時は、原子核が陽子と中性子でできていることがわかったばかりの時期。原子核がなぜバラバラにならないのかが謎で、博士はこの問題に取り組んでいた。  新粒子を導入すると、うまく説明がつくことを学会発表したのが34年11月。10月の日記の●は「新粒子のことと考えて間違いない」と、日記を見た専門家は一致する。●は中間子という考え方の「芽」といえる。博士が、電気や磁気の力を担うとされる光の粒(光子=記号γで書かれる)をヒントに、核の力にも同様の粒子を想定し、理論を組み立てたことを明確に示している。  この4日間を過ぎると日記から●は消え、学会発表の原稿や論文では別の表現が使われている。  ●の記述が現れる時期は、博士の自伝『旅人』が新理論について「ふと思いあたった」という「十月初め」にほぼ重なる。『旅人』は、中間子について「新粒子」などとしか書いていない。  着想の4日間は、次男誕生と草野球にはさまれた日々だった。  7日に次男高秋さんの名前を決め、8日に出生届を出した。13日は「野球猛練習」、14〜15日は理学部内の野球大会。14日には、自らが8番二塁のメンバー表も載せている。●を仲間に話した10日ですら、大学近くの空き地で野球練習をする熱の入れようだ。15日には、休む間もなく決勝を戦って「惜しい所で」優勝カップを取り逃がしたと書いた。  中間子は47年、実際に存在することが確かめられ、理論の正しさが実証された。     ◇  〈小沼通二・慶応大名誉教授(素粒子論)の話〉 中間子論を、次男誕生や学内野球で気ぜわしい中、ごく短い期間でまとめた状況が明らかになった。『旅人』を補う第一級の史料だ。原子核の力の担い手を光子に準ずる粒子としたことは、異なる力を統一してとらえようとする今日の物理の流れを先取りしている。     ◇  日記の抄録は、家族の了解を得て編集し、年内にも朝日新聞社から刊行の予定です。     ◇  〈湯川秀樹博士〉 1907年1月23日、東京生まれ。1歳で京都へ移り、京都帝大卒。大阪帝大を経て京大教授。49年、中間子論でノーベル物理学賞を受賞。その後、反核の立場を強め、55年、ラッセル・アインシュタイン宣言に署名。パグウォッシュ会議などを通じて核兵器のない世界の実現を訴えた。81年9月死去。     ◇  ■1934(昭和9)年10月の日記(抜粋) 8日 高秋(9月29日に生まれた次男)出生届を出す 9日 六時半起床  浅田さんのコロキウム(研究室内での研究報告や討論会)、東出さん七時頃になる。  ●rayについて考える。 10日 六時半起床  ●rayの考えを坂田君に話す  午後四時半頃から堂島空地で野球練習。 11日 六時半起床登校。午後演習、談話会、池原、山口。  ●rayの話 菊池さん等と話し合う。 12日 昨夕食、阪急食堂で支那そばを食べた所、生やけでかたく、夜から腹痛む。朝下痢する。  行きがけに、阪急で春ちゃんの運動靴買う。  登校、相変わらず●rayのことを坂田君と議論する 13日 今日は腹具合大体よい  昼前講義 午後コロキウム  その後で野球猛練習 14〜15日 〈理学部内対抗野球大会〉 《注》坂田君=坂田昌一助手。のちの名古屋大教授▽菊池さん=菊池正士教授。阪大原子核研究グループの中心▽春ちゃん=1歳6カ月の長男春洋(はるみ)さん  (仮名と漢字は現代の表記) ※●は●は「γ(ガンマ)」に「´(ダッシュ)」

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このページは、ぐるこみんが2007年1月24日 00:45に書いたブログ記事です。

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